
まさか社畜になるとは思わなかったな
みなさんは仕事とプライベートを充実させていますか?
もし、仕事の時間と趣味の時間を両立できているなら、まだマシかもしれません。
世間には朝から夜まで安月給で働き詰めている人もいます。
学生などまだ会社員でない人にとっては ”嫌なら辞めればいいのに” と思うかもしれませんが、社畜はそれが出来ません。
そういう状況に置かれてしまうからです。

今回は僕が経験した会社の話をするね
就職が決まった話
僕は大学4年の時に本格的に就活を始めました。
当時は就職氷河期から数年経った頃でやや跡を引いていた時期でした。
大学でも6割の人が内定がない状態で大学院へ行く人も多かったです。
思うように内定が出ずに悩んでいた僕は知り合いの人がいる愛知で就活を始めました。
そこでとある中小企業のセミナーに参加しました。
特にやりたいことはなかったのですが、食いっぱぐれない技術職を希望しました。
教授からも「仕事は教えて貰えば誰でもできるから」という助言を聞いていたので、思い切って今までの希望を変えた訳です。
すると、すぐに決まってしまいそこで働くことになりました。
就活に疲れてもうしなくていいという安堵、それから両親も喜び、初の一人暮らしが始まりました。
しかしまだこの時は社会の厳しさを知りませんでした。
会社での研修の話
実は会社がどういったことをメインにやってるのか知りませんでした。
期間もないし、卒論もありで早く決めたいという一心でした。
技術職で特許も持っているようだったので中小企業でもやっていけると思っていたのです。
会社に入って辞令をもらい、しばらく社内で研修を受けることになりました。
外部のマナー研修に参加したり、社内でエクセルの勉強、読書感想文など色々ありました。
他の会社はどうなのか知りませんが、オフィスとトイレ掃除は新入社員の仕事で同期たちと手分けしてやっていました。
オフィスには僕たち新入社員だけでなく、他の部署で合わなくなって戻って来てる人や育休を終えた人など色々な人と研修を受けていました。
昔の建物でトイレが男子トイレしかありませんでした。
ある時、同期の男子が男子トイレに入って用を足して出てくると、中年のおばさん事務員と遭遇して「ここは女子トイレだから」と言われていました。
どうやら小さい張り紙で書かれていたようですが、あまり理不尽な出来事に違和感を覚えました。
その違和感は別の日にも感じました。
僕たちのオフィスのすぐ隣が会議室になっていて、会議の内容が筒抜けで聞こえて来ました。
ある時は僕たち新入社員の一人ひとりの事や別の部署で働いている人が叱責される声、さらには泣き出している声、他の部署で合わなくなり鬱になった人の話などが聞こえていました。
「自分達もいずれああなるのかなぁ」と不安な気分になったのを覚えています。
会議室から「忍耐が足りない、自分勝手だ」というような文句が漏れて来て、その時に僕の隣に座っていたその他の部署で合わなくなった人が「それだけじゃないんだけどね・・・」と僕にボソッと言って来ました。
(嫌がらせやパワハラがあったんだろうなと内心で察しました。)
そんなこんなで、研修も3ヶ月が差し掛かった頃に、
ようやくそれぞれの部署へ配属が決まりました。
実は人材派遣会社のような会社で別の会社へ出向き、そこのオフィスが職場になるようでした。
僕はバイトすらしたことがなく、社会に疎い人間だったので社員や派遣や請負などの区別がついていませんでした。
そして、僕が行くことになったのがとある自動車部品メーカーでした。
自動車系で働くことになった話
僕はてっきり自社で仕事をするものだと思っていましたが、そうではなくていわゆる派遣のような感じで別会社に常駐して働くことでした。
そこが県内でも有数のとある自動車部品メーカーでした。
自社の会社説明会の時は色んな職場の仕事が紹介されていたので、何か電子部品を作るようなところだと思っていて自分が自動車系で働くことになったのは驚きでした。(ましてや免許すら持っていなかったので。)
自社とは比べ物にならないくらい大きな建物と広さで圧倒されたのを覚えています。
オフィスの大勢の人がいるだけで汗が出たのを覚えています。
そこでは自動車で使われている部品の設計・開発・実験を行う仕事をしているところでした。
僕はその設計補助のような仕事をすることになりました。
基本的に製品の設計は社員の方(請負元)が行い、その溢れた仕事を僕らのような派遣(請負先)が引き受けるというものでした。
バイトすらしたことがなく、電話の出方や30人以上の顔と名前を覚えて、大きな装置の使い方を覚えてととにかく圧倒されました。
当然ですが、社員の方の方が偉くて、派遣とはどこか一定の距離があって、社員が冗談を言えば笑い話になりますが、派遣が言うと問題になるようなちょっと理不尽な職場でした。
ここで僕は辞めるまでの5年間を働くことになります。
仕事と研修に翻弄された話
社会人になって、同僚と飲み会に参加したり、忘年会、懇親会など今までしたことがなかったことを経験しました。
あまり社員同士が仲の良い関係ではなかったので、大体半分くらいしか参加していませんでした。
1年目は覚えることが山のようにあって、失敗することがほとんどでやり直しも目立ちました。
2年目は以前にやった仕事の依頼をこなしていくのと、新人に引き継いで上司から新たな仕事を任されたりと徐々に上の仕事を振られるようになりました。
この間も失敗、請負元や別部署からの嫌がらせなど度々あって何度か心が折れそうになっていました。
3年目に差し掛かった頃に請負元が主催している検定の勉強に参加することになりました。
実はこの検定は社員や派遣を会社に繋ぎ止めるもので外部ではあまり役立ちません。
しかも土日に9時頃から定時までひたすら研修があります。
仕事でも辛いと思うことが現在進行形であるにも関わらず、土日も朝から夕方まで時間を奪われることになりました。
この研修、ただ受けるだけならまだしも座学や発表やテストがあります。
そして、テストに合格しないと永遠と来年も続けなくてはならないのです。
独自の検定であるため、出題範囲は広くて対策のしようがありませんでした。
さらに請負元から仕事ももらっている以上、同僚たちにも迷惑がかかるので ”受けない” という選択肢はありません。
以前、研修を無断で休んだ同僚が1週間の間仕事をさせてもらえず有給も取れないまま放置されたことがありました。
それだけ上下の関係が厳しいところでした。
病気になった話
僕は平日の8時から22時まで仕事、休日の9時から18時まで研修という生活サイクルを送っていました。
もはや会社のために人生を捧げている感じで、研修も独自の分野であることから他の会社で活かせることは稀で意味を見出せないでいました。
4年目くらいから僕への当たりも強くなって来て心身共に疲れていました。
一度耳が遠くなって病院へ行きましたが、原因がわからず「音楽の聞きすぎ」という妙な診断を受けました。
さらに胸の息苦しさに悩まされながら仕事を続けていました。
のちの健康診断で気胸だと診断されて、病院へ通い始めた頃にはすでに自然治癒の状態でした。
仕事と研修の忙しさで痛みに気づけに本来は数日入院するような病気のはずが治っていたのです。
僕は病院へ行くという正常な判断ができなくなるおかしくなっていました。
退職を決めた話
病気が落ち着いた頃、急に同僚が1人辞めることになりました。
同じフロアですが、僕らとは別の仕事をしておりあまり親しくはなかったのですが、辞めるということに驚かされました。
実は辞めると上司の評価が下がってしまうこともあり、なかなかそういう発想はどこかへ心の深くへ閉まっていました。
実はその方は請負先の長から嫌がらせを受けていて、ちょっと様子がおかしくなったとみんなが話していました。
これで ”あの人も救われたのかな” と思っていたある日、次なるターゲットというか世話をする名目で僕が請負先の長から目をつけられるようになりました。
上司や同期も僕が利用されていることを知っていたようですが、「◯◯さん(長)、嫌い?」と遠回しに心配(?)されましたが特に助けてもらえませんでした。
このままここで仕事と研修を続けてカラダを壊しながら続けていくことに意味があるのか考えるようになりました。
辞めることになれば今までお世話になった人を裏切ることにもなるだろうし、会社は新たな人材を補充しなければならなくなる。
色んな心配ごとでどうしようとずっと悩んでいました。
そんな時に同僚が辞めたことで辞め方というか、去り方を垣間見ました。
ちょうど5年目の節目ということも重なり、
僕は上司の上の人に「退職したい」ということを相談しました。
「別の部署でも働く方法はある」と提案されたのですが、今の環境を全て変えたいという考えが強くて退職を決断しました。
もちろん、会社の規定よりも長く滞在して少しでも引き継ぎを行い、自分では円満に退社できた方だと思います。
次をどうするか全く考えていませんでしたが、また実家からスタートして天職を見つけてやり直したいと思います。
以上、僕が経験してきた会社での話をさせて頂きました。
社畜っぽい部分が上手くかけていないかもしれません。
人は時間に翻弄されると自分を見失うというか、正常な判断ができなくなっていきます。
もしこの話を読んで同じように何か仕事に対する理不尽や不満を抱えている方は会社のコンプライアンスや外部の機関に相談することをお勧めします。
僕の会社にはそういったものは無かったので、自衛したり上手く抜け出すことが出来ませんでした。
みなさんが少しでも長く働けて心のゆとりを持てることを願っています。


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